寛文十二年 創建
大垣藩二代藩主・戸田氏信公の三男、戸田氏親公の菩提寺として建立。当初は大垣藩の寄進により成立し、やがて地域に根づき、檀信徒とともに念仏の教えを継承してきました。
ABOUT — お寺について
寛文十二年の創建から350年余り。大垣藩戸田家ゆかりの念仏のお寺と、子どもたちを救った呑龍上人の物語をご紹介します。
HISTORY — 天清院縁起
天清院は、寛文十二年(1672年)、大垣藩二代藩主・戸田氏信公の三男、戸田氏親公の菩提寺として建立された浄土宗の寺院です。寺名「青蓮山 天清院」は、氏親公の法号「天清院殿春山嶺月大信士」に由来します。開基は法蓮社伝譽上人。
宗祖法然上人は「我今浄土宗を立つる意趣は凡夫の往生を示さんが為なり」と説かれました。煩悩を抱えたままの私たちが、阿弥陀様の慈悲を信じ「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えて浄土への往生を願う——その教えを、当山は350年余り守り続けています。
大垣藩二代藩主・戸田氏信公の三男、戸田氏親公の菩提寺として建立。当初は大垣藩の寄進により成立し、やがて地域に根づき、檀信徒とともに念仏の教えを継承してきました。
西美濃三十三霊場の第20番札所。当寺所蔵の一切経は、教学の志厚い第九世暢譽上人が、近隣の寺院や在家の方々の協力を得て創設されたもの。堂内北側の釈迦如来像は、この功により総本山知恩院から寄付されました。
本堂に呑龍大士をお祀りし、「子育て呑龍さん」の愛称で県内外から参詣をいただいています。安産・虫封じ・七五三などのご祈願は今も変わらず続いています。
DONRYŪ — 子育て呑龍さんとは
呑龍上人は、江戸時代の浄土宗の高僧。埼玉・春日部に生まれ、増上寺にて修学し、関東一円の壇林(僧侶の学問所)の基礎を築かれました。徳川家康の命により、群馬・太田の大光院の開山となります。
当時は凶作や飢饉が続き、口減らしのために捨てられたり、売買されたりする子どもたちが多くいました。呑龍上人は、これらの子どもたちを弟子として引き取り、大切に養育されました。その慈悲の行いは地域一円に聞こえ、「子育て呑龍さん」として信仰を集めるようになったのです。
天清院に呑龍さんがお祀りされたのは、明治十五年(1882年)。呑龍上人を深く尊敬していた浄土宗大本山金戒光明寺の第五十九世梁譽上人が、当山第十五世三譽上人の本堂改築に合わせて、秘仏呑龍大士の御霊像を寄進されました。以来、当山は「呑龍大士分霊場」として信仰の中心となっています。
「無事に生まれてきますように」「健やかに育ちますように」「いつも笑顔で過ごせますように」——親が子を想う祈りを、天清院は今日も受けとめています。
毎年四月の第一日曜日とその前後の三日間、呑龍大士御会式を勤めます。期間中はお厨子を御開帳し、等身大の御霊像を本堂正面にお祀りして、直接拝んでいただけます。例年、境内の桜の満開と重なります。日程はお知らせでご案内します。
ご参拝・ご相談、お待ちしております。
永代供養墓「清龍苑」のご見学は無料・予約制です。お電話(0584-71-0506)でも承ります。